四方山見物15

 



紅花は、アザミに似たキク科の花で、古名を末摘花(すえつむはな)、紅藍(べにあい)、久礼奈為(くれない)とも呼ばれ、7月の梅雨の時期から梅雨明けにかけて、真黄色の花を咲かせます。 原産地の中近東からシルクロードを経て、3世紀頃に渡来した紅花は山形で美しく花開きました。紅花は、むかし、末摘花、紅藍、久礼奈為、呉藍(くれのあい)などと呼ばれていました。「呉藍」というのは中国の呉の国から伝わった染料という意味だとか、「呉」は高麗の訛ったものだという説もあります。原産地の中近東から、シルクロードを経て、3世紀頃に日本に渡来した紅花は、近畿地方で栄え、次第に全国に広まっていったといわれています。安土、桃山時代から江戸時代にかけて、藍茜、紫根とともに代表的な染料植物として京染めなどに使われてきました。

 

いまの山形県の地域に紅花が入ってきたのは、室町時代末期と考えられていますが、江戸時代の中期を境に、最上川流域(出羽最上)で急速に栽培が拡大していきました。享保年間(1716~1736)のある記録によると、全国の出荷量は1,020駄で、出羽最上はそのうち415駄を出荷していました(1駄は32貫=120kg)。とくに西暦1800年前後からの100年間は、最上川の舟運を通じて、近江商人と山形商人が活躍し、「最上千駄」と言われるほど発展しました。最盛期の幕末・文久(1861~1864)のころには、舟運の中継地であった大石田(現・大石田町)に集まった紅花は1,550駄に達したと記録されています。なお、これらの出荷量から推測すると、800~1,523haの作付け面積があったと推計されています。また、日本の特産物の番付を決めた「諸国産物見立相撲番付」では、東の関脇が「最上紅花」で、西の関脇が「阿波の藍玉」とされており、これが江戸時代の二大染料でした。



 

山形市村木沢地区にある「出塩文殊堂」(別当:良向寺)は、通称「あじさい寺」とも呼ばれ、例年6月下旬~7月中旬に約40種類、2,500株の紫陽花が咲き誇ります。 出塩文殊堂は約1200年前に弘法大師が開いたとされる古刹です。(あじさい寺)では、毎年6月下旬から7月中旬にかけて、あじさい祭りを開催しています。515メートルの文殊堂参道の石段の両側には、約2,500株 40種のあじさいが咲き誇ります。静かな山の中、あじさいを愛でながらゆったりとした時間を過ごせます。



 

 



 

世界各国のおよそ750品種、2万株あまりのバラが咲き誇ります、日本有数の広さを誇るバラ園です。初夏と初秋の2回、バラ盛りの時期には「バラまつり」が開催されます。初夏(6月上旬~7月上旬)は旺盛に咲き誇るバラたち、初秋(9月中旬~下旬)は色鮮やかに彩るバラたちを観賞できます。バラの他に桜やミズバショウ、藤やアジサイもあり、4月から7月にかけて園内を彩ります。

 



 

東沢公園はバラだけでなく、お花見スポットとして密かに人気の場所です。およそ200本のソメイヨシノが観る人を楽しませます。東沢公園のサクラは、4月中旬から咲き始め、4月下旬には見ごろを迎えます。道沿いにも植えられているため、車窓からもお楽しみいただけます。咲き始めの4月中旬には、東沢公園奥にあるミズバショウ園で、白くて可憐なミズバショウを一緒に観賞することができます。

 



 



本公園は、広域公園として、平成4年に開催されたべにばな国体を契機に県民のスポーツ活動や、多様化するレクリエーション活動の場として整備され、平成8年に全面供用されました。屋外スポーツが通年利用できる屋内多目的コートをはじめ、各種スポーツ施設を備え、また、県内44全部の「市町村の木」や、77品種412本の桜などが植栽されており、スポーツ、レクリエーション、散策、植物観賞等、様々な利用が可能な公園となっています。

 

山形県総合運動公園は、広域公園として、平成4年に開催された第47回国民体育大会(べにばな国体)を契機に県民のスポーツ活動や多様化するレクリエーション活動の場として整備されました。平成3年6月1日に陸上競技場、サブグラウンド、総合体育館等が供用開始され、その後、順次、いこいの広場等の広場、屋外テニスコート、屋外プール、野球場、サッカー場、屋内多目的コート等を整備し供用開始され平成8年8月1日に全ての施設が供用されました。主要施設としては、NDソフトスタジアム、総合体育館、テニスコート、レクリエーションプール、屋内多目的コート、3か所の運動広場等があり その他に園内には、無料施設のお祭り広場、いこいの広場、遊びの森などの施設があり、県民各層に幅広く利用されています。



 

 

 

 

 

山形の秋の郷土料理「芋煮」。毎年秋になると、地元の人たちは河川敷などで「芋煮会」を開き、わいわいと楽しみます。毎年9月に山形市の馬見ヶ崎川河川敷で開催される「日本一の芋煮会フェスティバル」は、6mを超えるの大鍋に、重機を使って調理するなど、まさに美味しさもスケールも日本一の芋煮会です。「芋煮」は、地域によって入れる具材や味付けが異なりますが、フェスティバルが開催される山形市では、里芋・牛肉・こんにゃく・ネギが入った、醤油ベースの味付けの芋煮が一般的。フェスティバルで提供される芋煮も同様です。



 

「芋煮会」とは、毎年秋に東北地方を中心とした地域で行われている季節行事で、さといもをメイン食材として肉やだいこん、ごぼう、こんにゃく、ねぎなどを使った鍋料理をグループで作って食べるグルメイベントのことをいいます。東北地方のなかでも岩手、宮城、福島、山形では特に芋煮会の文化が根付いており、秋の恒例行事とも呼べるほどの定番の催し物となっています。芋煮会で作る芋煮の味付けは、地域によって大きく「牛肉醤油」と「豚味噌」の2種類に分かれており、さらに使用する食材も場所によって異なります。



 

霞城公園は、市街地のほぼ中央に位置し、約35.9haの面積を有する山形城跡を整備した都市公園です。延文元年(1356)に羽州探題として山形に入部した斯波兼頼(最上家初代)が築城したのが始まりと伝えられ、現在の城郭は第11代城主最上義光(1546~1614)が築いたものが原型とされています。本丸・二ノ丸・三ノ丸の三重の堀と土塁で囲まれた、全国有数の規模を持つ輪郭式の平城で、出羽の関ヶ原合戦「長谷堂合戦」で城郭が霞で隠れて見えなかったことから「霞ケ城」とも呼ばれていました。現在残っている二ノ丸の堀や土塁・石垣は、最上家改易後、元和八年(1622)に城主となった鳥居忠政により整備されたと伝えられています。昭和61年に国の史跡指定を受け、平成18年には「日本100名城」に認定され、現在は桜と観光の名所になっています。また、公園内やその近くには、山形市郷土館、山形県立博物館、山形美術館、最上義光歴史館などの多くの文化施設があります。



 



 

霞城公園内にある最上義光像が、インターネットサイト「歴人マガジン」の「カッコよすぎ!ご当地武将銅像ランキング」にて、ランキング第1位として紹介されました。長谷堂合戦の追撃戦において指揮棒を持ち陣頭指揮を執っている騎馬像です。前足を高々と上げた馬にまたがり、今にも動き出しそうな、本当にカッコイイ銅像だと思います。郷土の英雄である最上義光像が評価されたのは大変うれしいことですが、市民の皆さんにさらに知っていただきたいのは、この銅像の背景にある技術力の高さです。最上義光像のように、純粋に馬の後ろ足二本だけで立っている騎馬像は世界的に見ても極めてまれです。普通の騎馬像は一見、二本足で立っているようでも、実際には銅像の重みに耐えるための「支え」が何かしらの形でついているものがほとんどです。



銅像の重さは約3トン。「絶対に無理」と言われつつも、職人さんが奮起し伝統の技を結集して実現しました。まさに山形市のものづくりのレベルの高さを示す象徴的な存在といえるでしょう。山形鋳物は約900年の歴史があり、その技術は脈々と受け継がれています。近年では、東京スカイツリーで使用されているエレベーターの滑車が山形市の企業(渡辺鋳造所)によって製造されたものであることがメディアでも取り上げられました。このような場所の滑車は取り換えがききませんので、よほどの耐久性がなければなりませんが、その困難を見事に克服したわけです。こうしたエピソードは、山形の技術力を対外的にアピールする際の格好の事例です。私自身も市外の方とお会いした時にこうした話を積極的にするようにしています。市民の皆さんにも広く知っていただき、大いに自慢していきましょう!



 

山形県郷土館(愛称「文翔館」)は、1916年(大正5年)に建てられた英国近世復興様式の建物で、1975年(昭和50年)まで県庁舎及び県会議事堂として使用されていました。1984年(昭和59年)に国の重要文化財に指定され、1986年(昭和61年)から10年の歳月をかけて当時の工法を元に忠実に復原工事が行われ、現在は山形県郷土館として無料公開されています。

 

旧県庁舎はレンガ造り3階建てで外回りの壁面は石貼りで覆われ、重厚感のある佇まいです。文翔館のシンボルで4辺に顔を見せる時計台は、現在日本で稼働している中で札幌の時計台に次いで2番目に古いものです。時計職人が振り子を動かす分銅を5日に一度手動で操作し、大切に使われてきました。そのおかげもあり、現在まで時を刻み続けています。旧県会議事堂はレンガ造り一部2階建てで、当初から県会で使用されないときには演奏会等の会場としても使用され、現在でもさまざまな催しに使われています。



 

建物内部も豪華な装飾の数々が残ります。内部に入って最初に目に飛び込んでくる玄関ホールは西洋建築の情緒たっぷり。階段の手すりにも装飾が施され、踊り場には月桂樹の輪飾りをモチーフとした可愛らしいステンドグラスが。階段を上ってすぐの場所にある正庁(現在でいう講堂)の天井には、職人の細やかな技が光る漆喰飾りが復原されています紅花やさくらんぼなど山形県の特産品が隠されているので、探してみてください。その他の部屋にも、木を組み合わせてつくる寄木貼りの床や山形で織られた絨毯など豪華な装飾があちらこちらに。時間に余裕がある方は、ガイドボランティア(無料)の案内で見学するとより一層楽しめます。