四方山見物39

  

 

室木家は天領で庄屋を務め、酒造業、廻船業も営んだ豪農です。その旧宅である明治の館は、豪壮な合掌組入母屋造りの茅葺屋根の主屋と、庭園、そして民俗資料展示室となっている旧米蔵が公開されています。建物の目を見張る柱や梁の太さや、歳月を感じさせない美しい塗りなど用材の立派さと名工の技に和風建築の粋が凝縮されており、七尾市指定有形文化財となっています。



 

能登島大橋は、石川県七尾市石崎町と同市能登島半浦町を結ぶプレストレスト・コンクリート橋です。石川県で最も長い道路橋で七尾湾に架けられており、石川県道47号七尾能登島公園線の一部となっています。能登島と七尾市石崎町を結ぶ、全長1,050メートルの石川県で一番長い橋です。石崎町側には公園があり、海と島が織りなす優美な風景を楽しむことができます。

 

かつて能登島には橋がなく、能登半島本土側へはフェリーで行き来していました。昭和57年(1982)に和倉温泉と島を結ぶ能登島大橋が開通すると、のとじま水族館や石川県能登島ガラス美術館が次々に建設され、島の観光地化が進みました。当初は通行料が必要でしたたが、平成10年(1998)に無料化が実現しました。翌平成11年(1999)には七尾市中島町との間にツインブリッジのとが開通し、能登島へのアクセスは格段に良くなりました。それぞれ美しいフォルムをたたえ、能登島観光に外せないみどころになっている。徒歩による通行もできまか。



 

七尾湾に浮かぶ能登島には、穏やかで透き通った海と豊かな自然、心落ち着く風景が広がります。2011年6月に世界農業遺産に認定され、農業・漁業を体験できる観光交流の島となっています。晴れた日に遠くから眺める能登島も素敵ですが、ぜひ実際に足を運び、のどかな里山里海を体感すると楽しいです。



 

能登島は、石川県の七尾湾に浮かぶ人口3,000人ほどの小さな島です。縄文の昔から人が住み、漁や木材の供出を産業として栄えてきました。現在は、年間100万人ほどが訪れる観光地として親しまれています。島には2本の橋が架かり、車で渡ることができるようになっています。能登島の地名の由来は、昔、飯米をこの地より移入したことによる、また、臥行者の飯料をこの地より貢納したことによるとの二説が伝えられています。「とおりいん」という寺があったからと云います。とおりの田の尻にあることから田尻となりました。 島八太郎の1人、久木右衛門の開村により久木と名付けられた。



人気スポットの「のとじま水族館」をはじめ、「石川県能登島ガラス美術館」もあり、他にも温泉、ダイビング、ゴルフやキャンプなど、観光スポットが充実しています。運が良ければ海で野生のイルカがみられることもあります。毎年、7月最終土曜日の夜行われる「能登島向田の火祭」は、能登を代表する奇祭で日本三大火祭りの一つにも数えられています。

 

和倉温泉からは「能登島大橋」で渡ることができます。全長1,050メートルの石川県で一番長い橋は美しいフォルムが印象的。車でも渡れますが、潮風を感じながら歩いみるのもオススメです。島へアクセスできるもう一つの橋が「ツインブリッジのと」。全長620メートルの橋から見える眺望は、能登島をはじめ、周辺の七尾湾に浮かぶ島ーなど、絵画のような美しさです。夕暮れ時には、美しい景観を望むことができます。

 

能登半島近海に生息する魚介類を中心に全国から集まった色とりどりの魚たちや、ジャイアントケルプ(巨大昆布)やイロワケイルカ、ラッコなどが観察できる。日本海側随一のイルカプールでは、楽しいイルカショーも繰り広げられており、オートモール、海釣りセンターやフィールドアスレチックなどのレクリエーション施設も多彩です。のとじま臨海公園水族館は、能登半島で見られる魚を中心に約500種4万点を飼育しています。ジンベエザメ、ペンギン、カワウソ、アザラシなどのほか、イルカ・アシカショーのアトラクションあります。イルカが泳ぐトンネル水槽やクラゲの幻想的な展示に加え、2018年4月に回遊水槽が「のと海遊回廊」としてリニューアルオープンしました。



 

東にゆるやかなカーブを描く能登半島。弧の内側に包まれるように浮かんでいるのが石川県最大の離島、能登島です。面積は約47平方キロメートルで、伊豆諸島の三宅島に次ぐ大きさをもっています。縄文時代から人々が暮らしており、藩政期には流刑地として政治犯などが送りこまれていたこともあります。船が唯一の交通手段になっていましたが、1982(昭和57)年に能登島大橋が開通したことで地続きとなり、のとじま水族館やガラス美術館などが開館しました。今では年間100万人の観光客が訪れる県民に馴染み深いレジャースポットになりました。



橋は海辺の集落である長浦の真上を飛び越え、右手に猿島を望みながらあっという間に島へ通じています。橋は620メートルで迫力ある斜張橋です。1982年に開通した能登島大橋は1998年まで有料道路になっており、ツインブリッジのとは能登島大橋の無料化と時を同じくして第2のアクセス道路としてデビューしました。七尾市や金沢市に近い能登島大橋と比べて交通量は少ないものの、2つの橋を使って能登島を縦断するルートは七尾湾を比較的まっすぐ突っ切ることができるため、奥能登方面へのバイパス道路としても活用されています。

 

縄文時代前期(約6,000年前)から晩期(2,300年前)までの約4,000年間、人々が住み続けて繁栄した集落遺跡です。全国でもまれにみる長期定住型遺跡で、国指定史跡になっています。この遺跡から出土した、イルカの骨や彫刻柱などの多種多様な遺物は、真脇遺跡縄文館で展示されています。重要文化財に指定された219点を所蔵した館内で、縄文土器風の焼き物作りなどが予約制で体験できます。晩期の環状木柱列と中期の板敷き土壙墓(どこうぼ)が出土した場所に復元されています。

 

縄文にこだわった公園。園内には真脇遺跡縄文館・宿泊施設ポーレポーレ・遊びの広場もある。復元環状木柱列があり今では人気のパワースポットとして話題を呼んでいます。能登半島北部、富山湾を望んで入江奥に続く平野に約4000年もの長い間、縄文人が繁栄を続けたとされる真脇遺跡がある。その真脇遺跡と背後に整備された施設などを含めた広大な公園が真脇遺跡公園です。国指定史跡の真脇遺跡には環状木柱列などが復元され、土器・石器などの出土品は遺跡そばの真脇遺跡縄文館で見ることができます。縄文館隣接の真脇遺跡体験村では、体験館で土器作りや古代米作りなどを催行しました。公園内上部には、日帰り入浴も楽しめる宿泊施設「真脇ポーレポーレ」、桜の広場などの施設が整備されており、学習とレジャーの両方が楽しめます。



日本で唯一、珠洲の仁江海岸で受け継がれてきた「揚げ浜式」による塩づくりの歴史が学べる塩の総合資料館「揚浜館」と、実際に塩づくりが体験できる体験塩田があります。また、お土産品として塩の他に、珠洲焼や珪藻土コンロ等の珠洲の特産品の販売も行っています。揚げ浜式とは、塩田に海水を撒いて濃い塩水である「かん水」を作り、窯で煮詰めて作る製塩法で、約500年前と同じ方法で、唯一珠洲で受け継がれてきました。

 

『塩』と人間の生活は切っても切り離せない、とても身近な存在です。身近すぎて、改めて塩のことを考える機会もないのではないでしょうか。ここ能登半島では多数の製塩跡が見つかっています。奥能登塩田村は”人と塩の関わり”をテーマとしており、館内では身近な例から塩の意外な使われ方、塩づくりの歴史、そして世界の塩の文化をわかりやすく展示してあります。また、実際に海水から塩づくりを体験してもらい、自分だけのオリジナルの塩を作ることもできます。

 

ここ奥能登塩田村では昔ながらの揚げ浜式の塩づくりを体験することができます。海水から塩ができるまで、ひとつひとつの工程を実際に確かめながら自分だけのオリジナルの塩づくりに挑戦。初めてだって、丁寧に教えてもらえるから安心です。昔の人々の苦労や知恵が実感できるでしょう。

 

車で走ることができる砂浜をご存知でしょうか?その名は、千里浜なぎさドライブウェイと云います。石川県羽咋市の千里浜海岸にあるこのドライブウェイは、車はもちろん、自転車やバイクでも走行が可能な砂浜として有名です。「海岸線沿いをドライブ」は海辺の町では見る光景ですが、「砂浜をドライブ」ができるのは日本全国でもここだけです。道路であり、砂浜であり、海岸なのです。



石川県羽咋市の海沿いを走る「千里浜なぎさドライブウェイ」は、日本で唯一の砂浜を走行できる道路です。一般的には砂浜は自動車で走行することができませんが、千里浜なぎさドライブウェイはその恵まれた砂の性質などから、国内でも貴重な砂浜の国道として愛されています。

 

千里浜なぎさドライブウェイは能登半島の西側、石川県羽咋市千里浜町から羽咋郡宝達志水町今浜までの海岸沿いを走る、全長8㎞に渡る観光道路です。砂浜を走行できる道路は日本で唯一この千里浜なぎさドライブウェイのみであり、その理由は千里浜の砂粒が一般的な海岸の砂よりも小さく揃っていて、水を含むことで路面が車の走行に耐えるほど固くなるためと言われています。この性質から、千里浜なぎさドライブウェイでは一般車両だけではなく、観光バスやバイクも走行することができます。



さらには日本海に沈む夕日を臨める絶景スポットでもあるため、夕日を背景にまるで海外のCMかのような幻想的な風景と愛車を写真に納めようと訪れる車ファンも多いです。また、夏には海水浴場も併設され、多くの人で賑わう人気の観光地でもあります。年間を通じてイベントやお祭りなども開催されるなど、地元の人たちの憩いの場としても親しまれています。

 

先に説明した通り、千里浜のきめ細やかな砂の性質上、4WDに限らず、ノーマルタイヤの2WDでも走行が可能です。しかし、海水で路面が固く安定している色の濃い砂浜部分以外、例えば波打ち際や白く乾燥している砂浜奥側(路肩側)などはタイヤを取られてしまい、スタックしてしまう場合があるので注意しましょう。

 

また、一般道のようにセンターラインがあるわけではないので、すれ違いなどの際はお互いに譲り合って走行する必要があります。他のバイクや自転車などの車両にも配慮を忘れずに、安全な速度を守りましょう。荒天や高波などの際には、石川県の判断で通行止めとなる場合があります。通行止め情報については「石川みち情報ネット」を事前に確認しておくと安心です。



金沢市近郊の港で水揚げされた新鮮な魚介が揃う鮮魚市場です。加能ガニ、香箱ガニ、ノドグロ、岩ガキ、寒ブリ、甘エビなど、厳選された地物の魚を中心に、季節ごとに旬の魚介を購入することができます。 新鮮な魚を買いたい方は、朝イチに出かけることをおすすめします。地物の魚で作る一夜干しや、北陸の海鮮珍味などを販売していて、お土産に最適です。

 

金沢港に漁船が帰港するのは、夜の8時〜9時。すぐに市場でセリ落とされた魚はまだ活きているものもあり、新鮮そのものです。朝のセリでは、県内各地から早朝に水揚げされたばかりの定置網の魚がずらりと並び、次々にセリ落とされ「いきいき魚市」で販売されます。また、いきいき魚市の強みは、目の前の金沢港はもとより、能登や、富山湾で獲れた近郊の魚は一度金沢港に集まり、地物の魚を中心に厳選し市場に並びます。石川の四季の魚の本当の美味しさをお届けするために、頑固なまでに漁れたて新鮮な地物にこだわり販売しているので、安心してお買い求める事ができます。

 

JR金沢駅港口より15分。金沢港の中にある、石川県内で獲れた魚が集まる魚市場です。競り落とされたばかりの新鮮な魚をすぐさま販売するため、鮮度の良さはお墨付きです。また、他の流通ルートを通さずに漁業関係者が直接出店しているので、価格も非常にリーズナブルに抑えられています。市場内に六店舗あり、それぞれ海鮮丼などの食事ができるお店や、野菜も販売しているお店、干物や佃煮などの加工食品も扱っているお店など特色があります。

 

兼六園は、江戸時代の代表的な回遊林泉式庭園であって、水戸の偕楽園、岡山の後楽園とともに、日本の3名園と称されています。延宝4年(1676)、加賀藩5代藩主前田綱紀が、蓮池亭を造り、その庭を蓮池庭と呼んだのが、本園の始まりで、文政年間から嘉永年間(1818~1853)にかけてほぼ完成しました。兼六園は、「洛陽名園記」にいう宏大・幽すい・人力・蒼古・水泉・眺望の六勝を兼ねるという意から、松平定信によって名づけられました。園内の中ほどにある霞ヶ池を中心に回遊し、鑑賞・散策ができ、その間に築山・曲水・溪流・噴水・橋・滝・池泉・茶亭・燈籠・石塔などが配されて、変化に富んだ景観を構成しています。広々としていて、しかも人里はなれた静かな環境を形成し、人工的ななかにも樹林鬱蒼と茂り深山幽谷を思わせる。眺望絶佳の高台にありながら、豊富な清流が曲水となり、池水をたたえ、飛瀑となります。本園は互いに兼ねることが困難な六勝の美を兼備した庭園です。



日本三名園として有名な兼六園。国の特別名勝に指定されています。広大な園内には築山、池、茶屋などが点在しており、それぞれの景観を楽しみながら廻遊する庭園となっています。四季を通じてさまざまな自然美が堪能でき、雪から木の枝を守るために施される“雪吊り”は金沢の冬の風物詩として、ぜひ見てみたい景色です。夜のライトアップでは幻想的に彩られた庭園が広がります。兼六園は、水戸偕楽園、岡山後楽園とならぶ日本三名園の一つです。兼六園は江戸時代の代表的な大名庭園として、加賀歴代藩主により、長い歳月をかけて形づくられてきました。金沢市の中心部に位置し、四季折々の美しさを楽しめる庭園として、多くの県民や世界各国の観光客に親しまれています。歴史的な観光地をたくさん要する「観光都市金沢」のまさに中心が兼六園であり、一度ならず、二度三度と訪れてみたくなる名園です。

 

兼六園は、「廻遊式」の要素を取り入れながら、様々な時代の庭園手法をも駆使して総合的につくられた庭です。廻遊式とは、寺の方丈や御殿の書院から見て楽しむ座観式の庭園ではなく、土地の広さを最大に活かして、庭のなかに大きな池を穿ち、築山(つきやま)を築き、御亭(おちん)や茶屋を点在させ、それらに立ち寄りながら全体を遊覧できる庭園です。いくつもの池と、それを結ぶ曲水があり、掘りあげた土で山を築き、多彩な樹木を植栽しているので、「築山・林泉・廻遊式庭園」とも言われています。

 

何代もの加賀藩主により、長い年月をかけて形づくられてきた兼六園ですが、作庭における基本的な思想は一貫していたようです。その思想とは神仙思想。大きな池を穿って大海に見立て、そのなかに不老不死の神仙人が住むと言われる島を配します。藩主たちは、長寿と永劫の繁栄を庭園に投影したのです。最初の作庭者、5代藩主・綱紀(つなのり)は、瓢池に蓬莱(ほうらい)・方丈(ほうじょう)・瀛州(えいしゅう)の三神仙島を築きました。また、13代藩主・斉泰(なりやす)も、霞ヶ池に蓬莱島を浮かばせています。

 

春のサクラ、初夏のカキツバタ、秋の紅葉、冬の雪吊りと、四季折々の美しさが訪れる人を魅了する兼六園。ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン(ミシュラン観光版)で最高ランクの3つ星を獲得したことで、海外からの観光客にも人気のスポットです。「金沢の兼六園・水戸の偕楽園・岡山の後楽園」が日本三名園と称され、国の特別名勝に指定されています。静かに散策を楽しみたいなら、早朝か夜間に訪れるのがおすすめ。夜に定期的に行われるライトアップは園内を幻想的な空間に演出します。



敷地は約11.4万平方メートルと広大なため、漫然と歩くよりもガイドツアーに参加した方が、見どころを逃しません。当日受付もできますが、事前予約しておけばより確実です。「徽軫灯籠」「唐崎松」「雁行橋」「霞ヶ池」「時雨亭」「夕顔亭」…まだまだある見どころを効率よくめぐることができ、歴史やいわれを知ることで兼六園の魅力が格段にアップします。着物レンタルも充実している金沢で、日本庭園を背景に記念撮影をしてみてはいかがですか?隣接する金沢城も、兼六園同様、日本情緒たっぷりでフォトジェニックです。



松井秀喜ベースボールミュージアムでは、輝かしい功績を残してきた松井秀喜氏の軌跡をたどることができます。野球への熱い思い、そして野球を通して「夢」を追い続けることの大切さを教えてくれます。国民栄誉賞の受賞時に贈呈された金バットをはじめ、数々の記念品やトロフィーが展示されています。館内にはグッズショップもあり、ここでしか販売されていない商品もあります。

 

松井秀喜さんの野球に対する熱い思い、そして野球を通して追い続ける「夢」が詰まったミュージアムです。惜しまぬ努力を続け、これまで歩んできた軌跡のDVD、感動のホームランシーンのラジオ実況中継、プライベート写真など、ここでしか見られない松井さんの一面に触れることができます。館内には、日本シリーズやワールドシリーズでMVPに輝いた松井さんのトロフィーやリングなどファンにはたまらない品々が数多く飾られています。


 

その名の通り、松井秀喜の博物館です。彼の野球人生や情熱を様々な角度から知ることのできる場所です。幼少時の彼から読売巨人軍時代、そしてメジャー時代までの貴重な品々の展示もあります。グッズや書籍も豊富なのでファンには堪らない場所といえます。松井秀喜ベースボールミュージアムは元プロ野球選手・松井秀喜を記念した博物館です。高校球児のころから日本中の注目を集めた松井秀喜氏。「ゴジラ」の愛称で親しまれる松井氏は能美市の出身です。2013年には国民栄誉賞を受賞し、2018年には史上最年少での野球殿堂入りを果たしました。ミュージアムでは、幼少時代から現在に至るまでの足跡をたどることができます。



展示台数日本一の自動車博物館です。3,500坪の広大なスペースに、各国から集められた世界の名車を常時500台展示しています。日本ではここでしか見れない車、大衆車と呼ばれた懐かしい車、映画に登場した車など、一見の価値ありです。1台しかない1948(昭和23)年イギリス製のロールス・ロイスシルバーレース、幻の名車トヨタ2000GTや歴代のスカイラインは必見です。また、世界15ケ国、計40個のユニークなトイレが使用可能な状態で設置されています。

 

12,000平方メートルの広い展示スペースには、明治34年から平成初め頃までの世界の自動車が約500台、ズラリと顔を揃えています。ダイアナ妃が来日した際に乗られたロールスロイスをはじめとして、ヨーロッパの名車、日本のスポーツカーなどを次々と見学するうちに、夢とロマンの象徴だった自動車の歴史が鮮やかに浮かびあがってきます。この「日本自動車博物館」は、展示台数で日本最大級を誇る博物館です。後世に伝え残していく事を目的に、20世紀に国内外で活躍した、約500台の車を当時の状態で保存。自動車産業の黎明期から現在に至るまでの、ここでしか見ることの出来ない、貴重で懐かしい車達を数多く展示しています。

 

合計5フロアとなる3階建の館内には、国内外のメーカーやジャンルごとに展示されています。あの誰もが憧れた「名車」、「大衆車」と呼ばれて日常生活の中で愛された自家用車、また実際に現場で活躍した「商用車」や「作業車」など、様々な種類の車を見学する事ができます。展示コーナーのひとつ「トヨタの広場」では、伝説のスポーツカー「TOYOTA 2000GT」国内にただ1台残されている「トヨペット スーパーRHK」、そして「クラウン」は、初代から8代目までが展示されています。日本を代表するメーカーの軌跡を見て感じることができるこのコーナーは、車マニアならずとも一見の価値ありです。

 

日産の広場では、現在も人気のある「スカイライン」シリーズが、なんと初代から10代目(GT-R34)まで並んでいます。また日産の前身ともいえる「ダットサン」時代に作られた、懐かしい車も展示しています。幅広い年齢層で楽しめる展示コーナーで、海外から来日された来場者にも、とても人気があります。昭和の末から平成にかけて作られた車を展示しているコーナーでは、「マツダ RX-7」「トヨタ スープラ」「ホンダ プレリュード」「日産 フェアレディZ」「ホンダ NSX」等々、一世を風靡したスポーツカーが一堂に会しています。

 

この特徴的なライトの車達を運転していた、あの頃を思い出す方も多いのでは?世界中の人々に愛された、イギリスの元皇太子妃「ダイアナ妃」が実際に乗車され、英国大使館から直接譲り受けた、貴重な車「ロールスロイス シルバースパー」も見学できます。しかも柵の外に出して展示しているので、とても近くで車内を見ることができます。日本自動車博物館には、名画「ローマの休日」に登場した「フィアット トッポリーノ」など、映画・ドラマ・アニメといった、様々な映像作品に登場した車も数多く展示されています。まるでスクリーンや画面から飛び出してきたような感覚にもなる、ファン必見の車達です。

 

車の愛好家からは自動車の聖地とも呼ばれ、交流を深める場としてカーミーティングが開催されています。走行見学会や実際に車に乗車できるイベント、また定期的に特別企画展も開催し、一年を通して様々な車関連の催しを行っています。この日本自動車博物館は、初代館長が「新型車の熱狂の影で、次々と廃車にされ、消えていく過去の車達」を大切に保管し、そして展示公開する為に開館しました。「先人たちの功績を大切に後世に残し、未来へ受け継ぐ」という初代館長の想いは、現在も大切に引き継がれています。



博物館では「世界のトイレ」も必見です。日本は勿論のことアメリカやフランス、オーストリアやフィンランド等々、各国のトイレが各階に設置されています。しかも全15ヵ国のトイレは見るだけなく、実際に使用することが出来ます。館内にある「ミュージアムショップ」には、車関連のグッズや食品が盛り沢山です。ここでしか買えないオリジナル商品など、マニアから小さいお子様まで思わず手が伸びる品が並んでいます。1978年(昭和53年)富山県小矢部市にて、多くの支援者の協力のもと日本初の自動車博物館として開館。その後、1995年(平成7年)には、全国から湯治客が訪れている、加賀温泉郷のひとつ「粟津温泉」がある石川県小松市に移転しました。そんな展示内容・館内の調度品に拘った赤レンガ造りの館には、日々全国から多くの人が訪れています。

 

九谷焼の一般的なイメージは「派手な焼物」と言われる事が多いです。まさにその通りだと思います。350年以上も前に、この石川県の地で焼物が作られましたが鉄分を多く含む陶石を使っていたことからその性質上、真白な色の焼物にならず見栄えを良くする為に絵が描かれた事が九谷焼のルーツだと伝えられています。九谷焼は彩色することにより焼物に価値を見出したのです。以降、加賀百万石、前田家の豪放華麗な文化の中で、その加飾技術は磨き上げられ今日の絢爛豪華な作品の数々が生み出されました。そして明治期に輸出用の作品として贅沢に金を用い描かれた作品が現代の九谷焼の「派手」なイメージの基になっていることは間違いありません。もちろん九谷焼の中にも染付(藍と白)で描かれたシンプルな作品も多々あります。しかし最近になり感じるのは九谷焼の派手過ぎるくらいの彩色が持つデザインの強さ、近年、無駄はできるだけ省きシンプルを求めるデザインが多い中で、この九谷焼の無駄とも思えるくらいの加飾あえて過色とも言い替えることができる過度なまでのデザインには華やかな日本の文化を垣間見る事ができると思えるようになりました。JAPAN KUTANI、明治期、世界が賞賛したのは原色鮮やかで煌びやかな九谷、その華やかな色絵の文化こそ九谷焼が持つ最大の魅力だと思います。

 

徳田八十吉は、従来の九谷焼のように、絵柄(山水・人物・花鳥風月)ではなく、色の配色のみで作品を仕上げてるのが大きな特徴です。色は約70色を使い分け、色の濃淡(グラデーション)のみで作品を仕上げる技法「彩釉(さいゆう)」を生み出しました。また、多くの作家は、従来より上絵の焼成温度は900℃前後でしたが、徳田八十吉は、1000℃前後で焼成していることも特長です。高温で焼成すると、深い色味が出るのです。作品の形状はロクロ成形で、面取成形を使い、多種多様のものがあります。紺系の色釉を中心に、絶妙な濃淡を使い分け、作品の深みを出しています。