ba3ji3のご馳走1


   



網走湖は、今から10,000年前海の一部でしたがその後、海水面の変動や漂砂などによってできた海跡湖です。網走川を通じてオホーツク海と結ばれているため、湖の干満により海水と河川水が混ざり合う「汽水湖」が形成されました。また、流入した海水は湖の地形と比重の違いによって、湖の底に沈み上層の淡水層と下層の塩水層とは混じり合うことのない二層構造を形成しています。下層の塩水層は、流入した汚濁物質を細菌等が分解する時に酸素を消費するために、無酸素状態になっています。現在は水深7m程度に塩淡境界があります。下層の塩水層は、栄養分が著しく多く、溶存酸素(DO)がない無酸素の水質になっています。網走観光ホテルは、オホーツク海に面し、網走湖や能取湖などの美しい湖や、雄大な知床連山など、北海道らしい大自然に囲まれています。





目の前にはオホーツク海がひろがり、漁船や観光船 冬は流氷原を眺めることができ海と空に浮かんでいるような非日常のような空間になっています やさしい肌触りの湯が、心と体の疲れをやわらげ、明日への元気を与えてくれます。オホーツクの潮の香を感じながら、知床の大地のエネルギーをカラダ一杯にチャージして旅のひとときを満喫できます。斜里町、国道334号線沿いに所在するホテルは、ウトロ港に面しており、ホテルの客室や館内施設、浴場などからは「オホーツク海」を眺めることができます。また、大きなホテル規模を活かし、ラウンジ、ギャラリー、キッズ&プレイルーム、足湯テラスなど、客室以外にくつろげる館内施設も大変充実しています。



「地の涯ての涯てにある、これより先はオフリミット、野生の世界。」知床の原始野生と隣り合わせ、「地の涯」の名にふさわしい知床最北の宿です。羅臼岳山麓にあり自然湧出の湯量は豊富、内湯、露天岩風呂共に大きくゆったり造られ、さらに三段の湯にも配湯しています。露天岩風呂は、その場所にもともとある多孔質の安山岩を利用し造られており、羅臼山麓の景観によくあっています。夜は岩尾別川源流のせせらぎを聞きながら満天の星空が楽しめます。冬期は雪に閉ざされ休業、また道道892も岩尾別から先通行止め、人の立ち入りも許可が必要です。



「治らぬ病なし」とは、昔から通う多くの湯治客の声で、今ではすっかり「かんの温泉」の代名詞となっています。それだけ自噴する源泉が多く、それぞれの独自の効能があります。源泉かけ流しの11の湯船はとても贅沢で、日帰り入浴も可能です。宿泊は、別棟の静かに佇む秘湯の一軒宿があり、部屋数が少ない特別感がまた大きな魅力です。



大雪山北麓にある石狩川上流の峡谷で、約24kmに渡り柱状節理の断崖絶壁が続いています。もともとアイヌ語で「滝の多い川」という意味の「ソウウンベツ」と呼ばれていたことから、大正10年(1921)に訪れた文豪・大町桂月によって「層雲峡」と命名されました。切り立った断崖からはいくつもの滝が流れ落ち、周囲は大原生林で、雄大な峡谷美が広がる景勝地となっています。ホテル大雪は、層雲峡温泉の中で最も高台に位置する当ホテルの中でも最上階に位置する展望大浴場。四季折々の表情を見せる露天風呂は、大雪の山々の雄大さを堪能できます。



1954年に設立された釧路で最も歴史のある市場です。函館朝市、札幌二条市場と並んで、北海道三大市場のひとつに数えられています。JR釧路駅から徒歩約5分と、アクセスも抜群。鮮魚店をはじめ、塩干や珍味、青果店、精肉店など約50の店舗が軒を連ね、今も昔も市民の台所として親しまれています。この市場の名物は、お好みの魚介類をその場で選んで盛り付けて自分好みの海鮮丼を作る、その名も「勝手丼」。まずは場内の総菜屋さんでお好きなサイズのご飯を購入。ご飯を片手に店を渡り歩き、自分の好きな具材を探しましょう。具材の種類はお店によってさまざま。日本有数の港町・釧路ならではの新鮮なネタがずらりと並び、どれにしようか迷ってしまうほどです。お気に入りの具を丼にのせてもらえば、自分だけのオリジナル海鮮丼が完成!カニ汁やお漬物も購入できるので、場内のイートスペースで一緒に召し上がれ。



支笏洞爺国立公園は、日本を代表する支笏湖と洞爺湖の二大カルデラ湖をはじめ、樽前山、羊蹄山、有珠山に代表される火山や、域内に点在する温泉、硫気が吹き出す地獄現象など、火山活動によって作られた地形や現象が特徴的な国立公園です。 中でも定山渓エリアは、豊平川の渓流沿いに位置し、札幌から南に約26km車で約1時間程にある北海道を代表する温泉地です。エリア内には、無意根山や空沼岳、札幌岳など火山による山岳地形があり、山には高山植物が生育するなど豊かな自然があります。この自然を保護するとともに、美しい自然を多くの方に感じてほしいと思っています。ハマノホテルズ(札幌市南区定山渓温泉東4丁目、浜野浩二社長)は、定山渓グランドホテル瑞苑の建て替えを計画しています。



登別温泉は、1つの温泉に多彩な泉種を持つ大変珍しい場所です。登別温泉のいたるところから源泉が沸いていますが、その多くは約1万年前の火山活動により生じた地獄谷からの湧出です。その後、江戸時代から現代に至るまで、登別温泉は多くの人々を癒やしてきました。太古からの地球の鼓動と、大自然からの恵みである温泉が共存する場所。それが登別温泉です。石水亭は、目の前に広がる登別の大自然を満喫できる空中大浴場や満天の星空を眺めながらくつろげる空中露天風呂など、登別の大自然を思う存分お楽しみいただける名湯です。



支笏湖は、およそ4万年前に支笏火山の噴火でできた陥没地に水が溜まって形成されたカルデラ湖です。名前の由来はアイヌ語で”大きな窪地”を意味する「シ・コッ」が語源と言われ、古くから千歳の貴重な水源とされてきました。長径13km、短径5kmの東西に長いマユ型の湖で、周囲は約40km、最大深度約360m、平均水深約265mと国内では、秋田県の田沢湖に次いで2番目の深度を誇り、日本最北の不凍湖です。水中の栄養分が少なく、プランクトンの発生も少ないことから透明度は非常に高く、環境省の公共用水域水質測定結果において、これまで20回も全国1位に輝いています。この透明度と水質を誇る支笏湖の澄んだ水は光に照らされることで「支笏湖ブルー」と言われる青色の輝きを放ちます。丸駒温泉旅館は、創業大正4年、北海道支笏湖畔に佇む秘境温泉旅館です。湖側の客室や露天風呂からは国立公園に指定された「支笏湖」の絶景が望めます。



湯の川温泉は、1653年(承応2年)、松前藩主九代・高広(幼名 千勝丸)が難 病にかかり、病は日に日に悪化していき、ある夜母の清涼 院は「松前城の東にある温泉に行けば、どんな病も治る」と いう夢を見ます。その温泉に千勝丸を湯治させるとまもなく 全快。藩はお礼に、薬師堂を再建、鰐口を奉納しました。これが湯の川温泉の発祥といわれています。渚亭は、漁火の見える海辺の露天風呂. 海辺に建つ渚亭は眼前に津軽海峡を、彼方に函館山を望むとびきりのロケーションを誇ります。



室町時代の享徳3年(1454年),津軽の豪族 河野政通が宇須岸(ウスケシ:アイヌ語で湾の端の意)と呼ばれていた漁村に館を築き,この館が箱に似ているところから「箱館」と呼ばれることになりました。この館跡は今の基坂を登ったところです。明治2年(1869年),蝦夷が北海道となり,箱館も函館と改められました。函館市は,渡島半島の南東部に位置し,東・南・北の三方を太平洋・津軽海峡に囲まれ,西は北斗市・七飯町・鹿部町と接しています。ラビスタ函館ベイは、金森赤レンガ倉庫とベイエリアから徒歩わずか3分の場所にあり、天然温泉、ヒーリングスパを併設しています。